thanks 528 « Previous | Next » ちょうど10年か。

最後の仕事。

|

9月のある火曜日の朝、仙台駅を出発したパートナー企業の責任者達と東北の仲間の皆さんを乗せた大きなバスは、我々のビジネスの東北・北海道エリアの中核となる東北でも最大級・最新鋭の物流施設に着いた。

バスを降りると約一年ぶりに一度だけお会いしたにも関わらず、出迎えてくれたその施設の責任者が穏やかな笑顔で僕に声をかけて握手をしてくれた。あんなに大変なことがあったのに覚えていてくれていた。

七夕祭りに沸く昨年の8月11日、僕は仙台港にそびえるその施設で、東北エリアの同業の仲間の皆さんへの同じ地方エリアの事例として講演をさせていただいた。そのときにその責任者の方に施設をご案内頂き、講演も聴いていただいた。
僕は地元に帰り、お会いできたことへの感謝のメールをその方に差し上げたところ、温かい言葉で返してくれた。

その7ヶ月後に津波にのまれ、近隣に火災が発生するその施設の空撮映像をテレビで見る事になるとは想像もしていなかった。

信じられない映像が立て続けに放送される中で、その施設でお会いした沢山の方々や地元の皆さんの安否とともにその責任者のお顔が何故か浮かんできてとても心配だった。

結果的にその責任者の的確な判断でぎりぎり数分のタイミングで全従業員の命を救ったと聞く迄に、震災発生からかなりの日数が経っていた。

火曜日の午前、我々は予定よりも1ヶ月も早く全面稼動を再開した施設を再度見学した。3月11日の状況をその場にいらっしゃった方の言葉で克明に伝えていただいた。周りにはまだ損壊した建物と、流された車が沢山積まれていた。

とてつもない揺れで座り込んで崩壊する壁と棚の中でなんとか身を守り外に出た。

施設外で点呼をしている時に津波がくるという情報でトラック用スロープを全員で駆け上がった。

津波に気付かない人に大声で声をかけ、溺れる何人かの人をロープで助けた事。

近くの燃え続けるコンビナートの恐怖。

まったく通信が途絶えるなかで2日間寒さをしのいだ場所。

倉庫にある水とお菓子、そしてトラックのヘッドライトで過ごした夜。

3日目、水が引いてもひざ迄浸かる汚泥。

そして流されて行く車と人の残像。

一緒に見学した被災地に住む同業の皆さんが驚いて聞いているのだから、僕にはとても想像がつかない状況だった。
死と直面した実体験は淡々と言葉少なく語っても充分な説得力があった。

昨年夏に仙台で知り合った同業の皆さんに、震災後どのように連絡して良いかを戸惑っていたが、勇気を出してメールをしてみたら、皆さん不安の中、前向きなお返事を返してくれた。
被災地の仲間の為に何か出来ないかと歯がゆい日々を送っていたけれども、僕にはなす術も無く時間だけが経過していた。

パートナー企業の尊敬する執行役員の方と何度かディスカッションする中で、完全再稼動したその施設で9月に行われる東北の復興支援会議で皆を勇気づけて欲しいという講演依頼があった。

テレビでしか被災地を観ていないのに、何が話せるのだろうと何度も自問自答したが、その執行役員は

「いつも話してくださる素のままに、熱い思いを伝えてくだされば。心は通じます。」

と勇気づけていただいたので、出来ることがあればと引き受けさせていただいた。

火曜日の午後、被災地の同業の皆さん数十社、一部上場企業であるパートナーの社長、副社長、執行役員、各部門の責任者の前で講演させていただいた。ベストは尽くしたつもりだし、経営陣や同業の方々から勇気づけられたと暖かい言葉を掛けていただいた。本当のところはわからないけどね(笑)

そしてその夜、仙台市内のホテルで行われた懇親会で、僕のことを覚えていていただいたその施設の責任者の方が実は定年退職されるとのことで、パートナー企業の社長から花束を送るサプライズな演出があった。花束を受け取り、挨拶を済ませて壇上から下りてきたその責任者に、僕を覚えていていただいたお礼をすると「昨年の講演に勇気づけられましたから。」と。

僕は人生の大先輩に「3月11日のあの映像を見た時にお顔が浮かんだんですよ。震災なんて起きない方が良かったけど、部下の命を救い、施設の早期稼動再開を指揮し、この会社での最後に誰も経験できない素晴らしい仕事をされましたね。」と話してしまった、生意気にも。
パートナー企業の社長と3人で話しながら、僕は泣いてしまった。

圧倒的な指導力を発揮してというタイプにはけして見えないけど、誠実であの穏やかで暖かみがある人柄だから部下に信頼されて、成し遂げられたのかもしれないなと感じた。

「退職後、落ち着かれたら山梨にも遊びに来て下さい。」とお話ししたら、「名刺もパソコンも津波で流されてしまったので。」とあらためて名刺交換をした。

沢山の皆さんとお話しし懇親会もお開きとなり、その責任者の方と仙台駅まで一緒に歩かせていただけた。光栄だった。駅前でもう一度握手をさせていただいた。

男の仕事人生としてカッコいいなと思った。本当に、お疲れさまでした。

勇気づけて欲しいといわれて講演したけど、沢山の人に出会い、結局僕が勇気づけられた仙台だった。なかなか会う事も無い経営トップの皆さんとも沢山話せた。

被災地の仲間に勧められ、水曜の午前に短い時間だけどあの仙石線に乗って沿岸部に行ってみた。半年経つのにまだまだ被害はそのままで、時間はかかるだろうなと思いつつも、きっと大丈夫かなと感じた。明確な根拠も無いけどね。


本当に皆さんありがとうございました。

thanks 528 « Previous | Next » ちょうど10年か。

Archive

Powered by Movable Type 4.38

twitter



Item

  • IMG_0972.jpg
  • itoushikou240.jpg
  • komorikohzo240.jpg
  • nobie240.jpg
  • primary240.jpg
  • IMG_0027.jpg
  • 585E0710.jpg
  • 528.jpg
  • gs3.jpg
  • IMG_0005_s.jpg
  • DSC00113.jpg
  • 20101217.jpg
  • IMG_0071.JPG
  • IMG_0068.JPG
  • R1054115.jpg
  • R1054176.jpg

About this blog

このページは、monoが2011年9月16日 01:50に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「thanks 528」です。

次のブログ記事は「ちょうど10年か。 」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

QR Code(for Mobile)
QR_Codegif