< ページ移動: 1 2 >
僕が以前マンハッタンを訪れたとき、誇らしげにそびえ建っていたツインタワー。 そのワールドトレードセンターが崩壊した悪夢の2001年。その年の年末に僕はT2と成田空港にいた。シャルル・ド・ゴール空港に向かうエール・フランスに搭乗するために。
思いつきで参加した良くある格安ツアーだった。航空機と移動手段とホテルがついて後は勝手にしてくれ、という感じで集団行動が苦手な僕にはぴったり。
テロの直後ということもあり、成田には警察犬をつれた警官が沢山いた。荷物のチェックも厳しくとても待たされた記憶がある。いつもの成田と違う雰囲気だった。
チェックインカウンターで感じのいい女性添乗員が「今は抜き打ちで怪しいスーツケースは鍵がかかっていても壊して開けるから、鍵はかけない方がいいみたい。」と言った。
怪しいものなど入っていなかったので僕は迷わず鍵をかけてチェックインした。
同じツアーに参加する人の中に、どうも僕とは気が合いそうにない若いカップルがいた。
二人とも金髪でいくつもピアスをして、フレームの両脇に大きいブランドのロゴがついているサングラスをしていた。夜なのに。
まあ、一緒に行動するわけではないし、この時は気にもとめなかった。
僕らの乗る便はその日の最終便で搭乗待ちのレストランも閑散としていた。
食事を終えて、ふと見るとあのカルロス・ゴーンが2人の側近を連れて僕らとは違う通路を歩いていた。その時は「同じ便でパリに向かうのかなぁ」と思っただけだった。
そしてなぜか搭乗手続きがいっこうに進まない。
「ファーストクラスからのダウングレードしていただけるお客様を探しています。」
日本語の上手なフランス人スタッフがそう言っていた。エコノミーの僕らには関係ないが、高い席から搭乗するので一向に搭乗できない。
さっき見たカルロス・ゴーンが急遽、僕らの満席便に無理矢理乗る事になったのだろう。
彼がボスを務めるルノーと、エール・フランスはともにフランスの国営企業みたいなもの。彼のわがままはどうにでもなるだろう。
結局1時間ほど遅れて成田を飛び立った僕らの便。
ベルトサインが消えると、機長のアナウンス。
「本日はテイクオフが遅れた為、通常とは違うルートでフライトします。パリには予定通りに到着します。」みたいな事を言っていた。
十数時間のフライトの後、結局予定通りどころか、1時間も早くドゴール空港に僕らは降り立った。ゴーンがよっぽど急いでいたんだろう。
朝5時の空港で空いているコーヒーショップは1つ。時間をつぶすしか無い。
そこから僕らは国内線でニースに向かう予定だった。当然、荷物もその便にトランジットされていた。
そしてまたもやアクシデント。
その国内線に積まれた荷物の一部が、検査機器の故障で危険物のチェックが出来なかったとかで、危険だと機長がフライトをボイコットした、と。
さすがフランスの公務員。まあテロ直後だったしね、機長が有する権利だそうだ。
僕らはその便から自分の荷物が出てくるのをド・ゴール空港で2時間待った。そして別の便に乗る為、エール・フランスが用意したバスで、パリ近郊のオルリー空港に向かった。
オルリーにつくと、エール・フランスのスタッフは「ご迷惑をおかけしたので食事を用意しました。このレストランで好きなものを食べてください」みたいな事をいった。
< ページ移動: 1 2 >