日曜日の朝から親戚のぶどう畑でお手伝いをしてきました。何年ぶりでしょうか。単純作業なのですが静かな畑で日の光を浴びてたっぷり考え事が出来て少し幸せだったかな。
畑に実った何千と言うぶどうの房、何十万というぶどうの実を見ていてこんなことを考えました。
「こりゃ経済だな」と。
古いけれどもしっかり良い実をつける樹もあれば、毎年衰えていく樹もあります。若い樹でもダメな樹もあります。
何十というぶどうの樹にそれぞれたくさんの房があり、土地や日光から得られる栄養は限られているので出来が悪かったり、形が悪かったり、変な方向へ向いている房は他の良い房の栄養が少なくなるので落とされていきます。同じように房の中の実も色や大きさ、形で一房に限られた数に選ばれていきます。
こうやって様々なフィルターを通して選ばれたぶどう達はたくさんの手をかけられて、天候などの環境に耐え市場にでて、それぞれの実に価値が付き、消費者に喜ばれるんですね。
しかし、天候不順で収穫できないような年もあるでしょうし、豊作になれば逆に価格は下落してしまうようです。
これって
畑=経済社会、樹=業界、房=企業、実=人材って考えると全く同じですよね。
限られた需要のなかで、新旧大小さまざまな業界の中に多くの企業と人材がいます。その中で自分や会社は社会に必要とされる房や実になっていけるのでしょうか。
「寄らば大樹の影」という言葉があります。しかし現代では「大樹」は頼りにならないのでしょう。その反対で小さくても社会を変えてしまうような企業もあるかもしれません。
多くの上場企業はこの3月期で最高益をあげていますが、おそらくリストラの効果です。不要な実を落とし、限られた栄養を、選ばれた実に集中したのでしょう。景気回復といわれている中でも今日「松下3000人削減、業績回復でも合理化緩めず」という記事が載っていました。
昨今、三菱自動車関連のニュースが多く取り上げられています。
この大企業に就職し一生安泰だと思った人も多いでしょう。心から自動車造りに夢を抱いて働いている人もいるでしょうし、才能に恵まれ本当に努力している人もいるでしょう。信頼して車を買った多くのユーザーもいます。
しかしユーザーを無視し、企業活動の本質である社会貢献や誠意ではなく、社内の慣例の中で育ってきたこの「腐った大きな房」は、このままでは必要とされず切り落とされてしまうのでしょう。
今週、新しい足車が納車になります。えっ?メーカー?三菱じゃないですよ。
某巨大メーカーは欧州車といっています。ギリギリですが。



